翻訳者の青色申告(準備編)
1. はじめに−確定申告の手順
2. 青色申告の利点
3. 青色申告に必要なこと
*最終的には専門家に尋ねることをお勧めします。国税局の税務相談室では無料で相談に乗ってもらえます。直接訪問する他、電話での相談もできます。税についての相談窓口から全国の税務相談室を辿ることができます。
青色申告1年目の場合、所轄税務署から無料相談のお知らせが来ることがあります。また、青色申告会は比較的安い会費で相談に応じてくれます。所轄税務署の地域でないところのものでも入会できますし、会費や特典も会によって違いますので、自分の希望にあったところに行かれるのがよいでしょう。以下のリンク集もご参照ください。
弥生株式会社 青色申告推奨会サーチちなみに私の場合、青色申告を開始した当初、仕訳日記帳を書いてプリントアウトして青色申告会に持って行き、指導してもらって1カ月後にまた持って行き、というのを3、4回繰り返しました。翻訳業の記帳は単純なので、そうしているうちに日常的な記帳は理解できました。減価償却など頻度の少ない記帳については、その都度相談するようにしています。
確定申告の時期は税理士さんや青色申告会も忙しいので、それ以外の時期に相談するのがよいでしょう。早い段階で専門家に見てもらっておけば、誤った記帳を続けてしまう危険を避けられます。
1. はじめに−確定申告の手順
事業所得者は、確定申告によって納税を行います。翻訳料は源泉徴収されていることが多いため、あらかじめ収めていた税金が多すぎた場合、還付金として戻ってくることになります。事業年度(1月1日から12月31日までの1年間)の所得(収入−経費)を計算し、翌年税務署に届け出ます*。
*過去に確定申告を怠った年があっても、還付申告をすれば還付金を受け取ることができます。還付申告は過去5年間に遡って行うことができ、受付期間は1月1日から2月15日までとなっています。期限後の申告ですので、持参が基本となります。
確定申告の期間は、毎年2月16日から3月15日(土日祝日などの場合はその翌日)です。その後でも申告できますが、控除額が10万円になるなど、青色申告の特典を受けられないことがあります。確定申告の時期より早く提出すると、還付金が早めに振り込まれる可能性があります。確定申告の時期より前なら、税務署も空いていて相談がしやすくなっています。
青色申告決算書は11月下旬、確定申告書は1月下旬に郵送されてくる他(e-Taxを利用している場合は郵送されてきません)、税務署や青色申告会にも置かれており、郵送されてくるものには整理番号が付記されています。会計ソフトで白紙に印刷したものも提出でき、その場合は整理番号を自分で記入します(整理番号は納税者に固有で、毎年変わりません)。
確定申告の際には、所轄の税務署に確定申告書を持参または郵送*1するか、e-Taxで提出します*2。持参または郵送の場合、本人確認書類(マイナンバーカードか、ない場合は番号確認書類と身元確認書類。詳細は「番号法令、国税庁告示における主な本人確認書類等」をご参照ください)を提示するか写しを添付し、取引先から送られてくる支払調書*3や所定の証明書(医療費控除を受ける際の領収書など)を共に提出しますが、e-Taxでは基本的に必要ありません*4。青色申告をする際には青色申告決算書も提出します。消費税の課税事業者の場合、消費税申告書とその付表を提出します(提出期限は3月31日(土日祝日などの場合はその翌日)です。所得税(3月15日)と異なりますのでご注意ください)。消費税については、「【経理】翻訳者の青色申告(仕訳編)」の「6. 消費税の会計」や「【経理】翻訳者の消費税への対応」の「2. 消費税での手続き」をご参照ください。
*1 確定申告書を郵送で提出する場合、文書を折り曲げないよう大きめの封筒を使うことが推奨されています(機械で読み取るため)。確定申告期間内の消印があれば期間内の提出とみなされます。
*2 e-Taxを利用するには利用者識別番号の取得が必要です。詳細はe-Taxの「ご利用の流れ」をご参照ください。
*2 国税庁の確定申告書等作成コーナーで確定申告書、青色申告決算書などを作成し、e-Taxで提出できます。ただ会計ソフトを使用している場合、ソフトから直接e-Taxを利用する方が合理的でしょう。
*3 支払調書が届かない場合、取引先に連絡してください。2月になっても届いていなければ、取引先に確認した方がよいかと思われます。支払調書を紛失、破損した場合は、取引先に再発行を求めてください。
*3 支払調書は、納品と支払が事業年度をまたぐ場合、取引先によって発行の基準が異なるため注意が必要です。例えば、
納品 2020年12月という場合、支払調書を2021年初めに出す会社と、2022年初めに出す会社があります。支払調書がないと確定申告ができませんので、支払調書が届かない場合、確定申告の前に取引先に確認する必要があります。申告法についてはいくつかありますが、詳細は専門家にお尋ねください。ちなみに、私は以下のようにしています。
支払 2021年1月
売上 発生主義取引先に支払調書を作り直してもらうのは現実問題として難しいため、取引先の基準に合わせています。
源泉徴収税 支払調書に合わせる
発生主義に関しては、「【経理】翻訳者の青色申告(仕訳編)」の「7. 仕訳の基本(その4)−発生主義」をご参照ください。
*4 e-Taxを利用すると領収書や証明書の提出を省略できますが、ものによっては原則として法定申告期限から5年間、書類の提示または提出を求められる場合があります。詳細はe-Taxの「所得税及び復興特別所得税についてよくある質問」をご参照ください。
*所得が赤字である場合、損失申告用の確定申告書も共に提出します。用紙が税務署や青色申告会に置かれている他、e-Taxでも提出できます。
*提出後に申告の誤りに気づいた場合、以下のように対処します。
確定申告期間中 確定申告書と青色申告決算書を書き直し、訂正申告をします。更正の請求や修正申告の詳細は、「国税庁タックスアンサー(よくある税の質問)」の「確定申告を間違えたとき」をご参照ください。
確定申告期間後 決算や申告額を多く申告した場合は、翌年の確定申告期間終了までに更正の請求をします。決算や申告額を少なく申告した場合は、修正申告をします。
*事業収入があったり、開業届を出したりすると、失業給付を受けられなくなります。また会社員などの場合、社の規定に違反する恐れがあります。
*確定申告書の第二表(内訳などを書く方)の右下に「住民税・事業税に関する事項」があり、そこに「給与所得以外の住民税の徴収方法の選択」という項目があります。ここで「特別徴収」を選択すると、給与の支払先に通知が行き、事業収入があったことが勤め先に伝わります。そのため会社に副業を秘密にしておきたい場合、「普通徴収」を選択します。何もチェックを入れていないと「特別徴収」扱いになりますので注意が必要です。
2. 青色申告の利点
確定申告の方法には白色申告と青色申告があります。そして青色申告には、白色申告にはない利点や特典があります*。
*青色申告の場合、記帳する義務があります。白色申告でも2014年1月より、事業所得のあるすべての白色申告者に対し、帳簿を記載、記録を保存する義務が課せられています。
*期限を過ぎてから確定申告を行った場合、特典が受けられないことがあります。
まず実務上の利点としては、以下のことが挙げられます。
翻訳料は通常、原稿を納品してから1、2カ月後に入金されます。言ってみれば、つけで翻訳物を売ることになります。青色申告の場合、納品時にそのつけを売掛金として記帳するため、まだ入金されていない報酬を把握しやすくなります。入金が遅れている取引先も見つけやすくなります(私の場合、取引先の担当者が経理に請求書を回すのを忘れていたことがありました。連絡した結果、無事に振り込まれました)。個人事業主にとって、納品するまでではなく、売掛金を回収するまでが仕事なのです。売掛金の記帳に関する詳細は、「【経理】翻訳者の青色申告(仕訳編)」の「7. 仕訳の基本(その4)−発生主義」をご参照ください。
確定申告の際には支払調書が必要です。翻訳業の場合、取引先が多数になり、受け取る支払調書も多数になることがあります。取引先が手違いなどで支払調書の発行を忘れる場合があるため、受け取るべき支払調書を把握し、発行が遅れていた場合、取引先に連絡する必要があります。青色申告の場合、源泉徴収税を記帳しているため、支払調書の把握がしやすくなります。源泉徴収税の記帳に関する詳細は、「【経理】翻訳者の青色申告(仕訳編)」の「7. 仕訳の基本(その4)−発生主義」をご参照ください。
次に制度上の利点としては、以下のことが挙げられます。
青色申告特別控除額と必要な処理の関係は、以下のようになっています。
10万円 簡易簿記で可、損益計算書の提出が必要
55万円 複式簿記での記帳、損益計算書と貸借対照表の提出が必要
65万円 55万円の条件に加え、e-Taxによる申告(電子申告)か電子帳簿保存を実施(電子帳簿の保存には税務署への承認申請などが必要です。詳細は弥生株式会社の「電子帳簿保存法でやるべきことがわかる特設サイト」などをご参照ください)。
65万円の控除を受けるには、複式簿記で複数の帳簿を作成し、それに基づいて損益計算書と貸借対照表を作成し、電子申告か電子帳簿保存を行う必要があります。
しかし会計ソフトを使えば、負担が相当軽減されます。いくつかの基本設定をし、日々の取引を入力するだけで、必要な帳簿や書類が自動的に作成されます。以下では65万円控除を受けることを前提とします。
青色申告者は、20万円未満の減価償却資産を一括償却資産として3年間で均等償却することもできます。また、2022年3月31日までに取得した30万円未満の減価償却資産(合計300万円まで)を一括経費として処理するか選択できます。
パソコンやTRADOSを購入しても一括して経費にできるので、その年の経費も増やせますし(所得が少なければ減価償却すればよい)、記帳の手間も省けます。
赤字の繰越とは、所得がマイナスになった場合、その赤字分を次の年から3年間繰り越せるというものです。
例えば2017年から事業を開始し、その結果が500万円の赤字だったとします。そして2018年が150万円の黒字となった場合、2018年の所得は差し引きゼロなので無税となり、更に350万円の赤字が繰り越されます。2019年が100万円の黒字なら、所得は再びゼロとなって250万円の赤字が繰り越されます。2020年が50万円の黒字なら、所得は差し引きゼロとなりますが、残りの200万円の赤字はもう繰り越されません。
表にすると以下のようになります。
年度 | その年度の収支 | その年度の所得 | 赤字繰り越し額 |
---|---|---|---|
2017年 | 500万円の赤字 | 0円 | 500万円 |
2018年 | 150万円の黒字 | 0円 | 350万円 |
2019年 | 100万円の黒字 | 0円 | 250万円 |
2020年 | 50万円の黒字 | 0円 | 0円 |
また赤字の繰戻とは、前年度が黒字で今年度が赤字になった場合、その赤字を前年度の黒字と相殺して、納税してあった所得税を相殺分還付してもらえるという制度です。
このように青色申告なら、赤字となっても長期的な節税ができます。二足のわらじや家庭の事情のため、現時点での仕事は少ない、でも近い将来には本格的に働きたいという人は、早めに青色申告をして赤字を溜めておくことで、将来的な節税になります。
大きな特典はこれぐらいです。その他の特典もいくつか挙げておきます。
事業を手伝っている家族(正確には生計を一にする配偶者およびその他親族)を専従者と言います。青色申告の場合、専従者に対する給与を全額経費にできます。
白色申告なら配偶者は最高で86万円、その他の専従者は50万円が控除されるだけですが、青色申告ならそうした制限はありません。ただいくつか条件があります。
◎専従者は、その年の12月31日において15歳以上である必要がある
◎専従者は、年間6カ月以上その事業に専従している必要がある
後者の条件は難しいものがあります。「専らに従事」しているかどうかは主観的な判断によるからです。
例えば昼は会社員として働きに出ているが、夜事業を手伝っているというのが「専らに従事」かどうかは何とも言えません。パートや学生である場合も然りです。最終的には税務署の判断となります。
◎事前に届出が必要
届出が必要な書類は以下の通りです。下記のサイトでPDFファイルのダウンロードができる他、届出の詳細も確認できますのでご参照ください。
「青色事業専従者給与に関する届出・変更届出書」任意で以下の届出もあります。
「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」これらの書類をダウンロード、印刷して記入し所轄税務署に持参または郵送するか、e-Taxで提出します。
源泉徴収を行う場合、源泉徴収税額表も必要になります。
◎給与から源泉徴収する必要がある
◎専従者は配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除などを受けられない
これらの条件のため、場合によっては専従者給与を支払う方が税額が高くなります。専従者給与は高額所得者向けの特典と言えそうです。
青色申告者は、債権の最高5.5%を貸倒引当金として計上できます。
翻訳業は納品と入金が年をまたぐことも多いので、期末時点で売掛金があるはずです。例えばその売掛金の合計が10万円なら(恐らく他の債権はないと思われます)、最高で5500円を経費扱いにできるということです。
ただ貸倒引当金は翌年の期首に繰り戻さなければならないので、翌年の収入がその分増える計算になります。ですから場合によっては翌年の税額が増える可能性もあります。
例えば2020年の貸倒引当金を5500円とした場合、2021年分の収入は自動的に5500円増加します。そして2021年の期末に5500円以上を貸倒引当金として計上できなければ、2021年の税額が増えてしまうことになります。
翻訳者の場合、資金繰りの必要がほとんどないため、貸倒引当金を計上する必要性はそれほどありません。必要が生じるとしたら、家庭の事情(借金や慰謝料など)でどうしても税金が払えないなど、限られた場合になるかと思われます。
3. 青色申告に必要なこと
では青色申告をするには何が必要なのでしょうか。
青色申告をするには、事前に申請する必要があります。申請期限は新規開業の場合、
1月1日から1月15日までに開業 その年の3月15日までとなっています。
1月16日以降に開業 開業日から2カ月以内
新規でない場合、青色申告を始める年の3月15日までです。ですから来年の確定申告で青色申告をするのなら、今年の3月15日までに届け出をする必要があります。
具体的には「所得税の青色申告承認申請書」を所轄の税務署に持参または郵送するか、e-Taxで提出します。提出後12月31日まで(その年の11月1日以降新たに事業を開始した場合は翌年2月15日まで)に税務署から通知がなければ、自動的に承認されたことになります。承認されないということはまずありません。
用紙は各税務署にある他、国税庁の「[手続名]所得税の青色申告承認申請手続」のページからPDFファイルでダウンロードすることもできます。このページには、細かな情報や、税務署の所在地へのリンクもあります。
「個人事業の開業・廃業等届出書」をまだ出していない場合は、こちらも提出することになります。本来は開業後1カ月以内に出すものですが、遅れても受理してもらえるでしょう。国税庁の「[手続名]個人事業の開業届出・廃業届出等手続」のページからPDFファイルでダウンロードできます。
これらの書類をダウンロード、印刷して記入し所轄税務署に持参または郵送するか、e-Taxで提出します。
帳簿は翌年の3月16日から7年間保存することが法令で定められています。
領収書やレシートなど、取引に関して作成された書類(会計用語では証憑〔しょうひょう〕)は、それを作成、受領した年の翌年の3月16日から5年間または7年間保存することが法令で定められています。
詳細は以下の通りです。
◎帳簿や決算書は7年間
◎現金預金関係の証憑は7年間
領収書、預貯金通帳、小切手帳控、借用証書など
◎その他の証憑は5年間
納品書、請求書、注文書、領収書控、契約書など
*その年の3月15日現在で、前年分の事業所得と不動産所得の合計額が300万円以下の青色申告者の場合、証憑の保存期間はすべて5年間。
これらの提示を税務署に求められた時、提示できないと青色申告の承認を取り消されることがあります。税務調査はさかのぼって行われることもあるため、ある年の青色申告の承認が取り消されると、その後の年の承認も取り消され、結果的に追徴課税されることになります。
経費になるものとならないものは別々に買ってレシートを貰うと、記帳の際に楽です。
台紙に貼って保存するのが正式な方法のようですが、私は袋状のファイルに内容別に分類して保存しています。
任意です。必須ではありません。しかし事業専用の口座を持ち、事業に関係ある金銭の出入りだけをまとめておくほうが、事業関連費用の動きを把握しやすく、記帳の際にもわかりやすくなります。
また通帳は、税務署に提示しなければならない場合があるので、分けていないと事業に関係ない金銭の出入りまで見せなければならなくなります。税理士さんや青色申告会に見せる時のことも考えると、分けておいた方が無難です。
郵便局や各銀行ではモバイルサービスを実施しています。登録しておくと、パソコンや携帯電話から残高照会や振込ができて便利です。インターネット支店で口座を持つという方法もあります。詳細はそれぞれの金融機関のホームページをご参照ください。モバイルサービスでは、屋号が不可の場合があります。
任意です。必須ではありません。電気代やガス代をコンビニエンスストアなどで直に払っている場合、事業用の口座からの引き落としにした方が経費を把握しやすくなり、記帳もしやすくなります。
前述の通り、これも必須ではありません。しかし本記事では、会計ソフトを使用することで複式簿記での記帳を行うことにします。会計ソフトを使えば、減価償却などの基本設定をあらかじめ入力しておけば、後は日々の取引を入力するだけです。
複式簿記では仕訳をする、すなわち取引を借方と貸方に分けて記帳する必要があります。「【経理】翻訳者の青色申告(仕訳編)」で、仕訳の方法を書いていきます。
*会計上の「取引」という用語は、日常的な意味とずれがあります。
例えば「翻訳の依頼を受諾した」場合、日常的には取引成立と言えるでしょうが、会計上は取引と呼びません。ですから記帳することもありません。「減価償却している業務用パソコンが盗まれた」場合、日常的には取引と言いませんが、会計上は取引に当たります。記帳の必要も発生します。